天羽道子(奉仕女)の経歴や現在は?かにた婦人の村はどこで寄付はできる?【ハートネットTV】

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こんにちは、サイト管理人の007です。

NHKのハートネットTVで、2夜連続で

「戦争と平和」をテーマに特集を放送

天羽道子(あまはみちこ)さんが出演!

前夜の放送は「石川文洋」さん

石川文洋(戦場カメラマン)経歴や病気と現在の活動は?なぜベトナムやカンボジアへ?

2018年8月15日(水)20:00~放送

「ハートネットTV」にゲスト出演!

女性たちと生きて~奉仕女・天羽道子~

というコトで、特集されていますが

番組の内容は以下の通りです。

戦後まもなくからプロテスタントの奉仕女として、性を傷つけられた女性たちと向き合ってきた「かにた婦人の村」の天羽道子さん。作家・小林エリカさんが平和への思いを聞く。

戦後73年の夏、平和について考えるインタビューシリーズ。第2回は、戦争や時代の流れに翻弄されながら生きる女性について作品を執筆する小林エリカさん(40)が、婦人保護長期入所施設「かにた婦人の村」の天羽道子さん(91)に話を聞く。天羽さんはプロテスタントの奉仕女として、戦時中や戦後の混乱期に性を傷つけられてきた知的障害や精神障害などがある女性たちと向き合ってきた。天羽さんが、いま伝えたい思いとは。

引用:https://www.nhk.or.jp/heart-net/

天羽道子さんの経歴や現在の活動と

「奉仕女」っていったいなんなの?

天羽道子さんが名誉村長だという

「かにた婦人の村」は、どんな

施設でどこにあるんでしょうか?

また、他にも同じような施設はある?

そこへの寄付は、どうすればできる?

というコトで、007ミッション開始!

天羽道子(奉仕女)の経歴や現在は?

かにた婦人の村はどこで

寄付はできる?

【ハートネットTV】

婦人保護長期入所施設って初めて

知ったのですが…「かにた婦人の村」

天羽道子さんは、番組で何を語るのか?

いったいどんなお方なのでしょう…

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【目 次】

1.天羽道子の経歴(プロフィール)

2.奉仕女ってなに?

3.「かにた婦人の村」はどこにある?

4.「かにた婦人の村」への寄付の方法

1.天羽道子の経歴(プロフィール)

天羽道子さんは、1926年に満州(大連)

で生まれ、新京(長春)で高等女学校を

卒業後、単身で東京にでてこられます。

キリスト教精神に基づいて作られた

という「自由学園」に入学して

終戦を東京の街で迎えておられます。

そして、終戦の翌年に「自由学園」

卒業された天羽道子さんは、その後

戦後の社会の悲惨に仕える奉仕運動体

として誕生した「ベテスダ奉仕女母の家」

に入館されています。

終戦後には、両親と姉とが満州から

引き揚げてきて、あるお宅の洋間を

一間をお借りして生活するような

間借り生活をしていたそうです。

天羽道子さんは、無一文で引き揚げて

きた家庭の生活を、自分が組み立てて

いかなければならない状況だったそうで…

ですが、一方自分も通勤の途上で

浮浪児の子どもたちや、傷病軍人の

姿が目についたりしていたそうです。

天羽道子さんだけでなく、ともかく

みんなが自分自身、あるいは自分の

家庭の生活で精一杯の時代でした。

ですが、その時代の中であっても

非常に自分本位な、丸出しな生活

の姿に、どうしても抵抗して

いかなくてはいけないと思うように…

天羽道子さんは、深津文雄牧師の

「上富坂教会」に通い始めたコトが

きっかけで「奉仕女」に出会います。

そのあと、ご自身も「奉仕女」となり

1978年4月1日から「かにた婦人の村」

働きはじめられました。

「かにた婦人の村」の創設者でもある

深津文雄牧師の後を継いで、長く

施設長をなさっていた天羽道子さん。

高齢を理由に、やっと新施設長と

交代されたばかりで、現在では

名誉村長となっておられます。

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2.奉仕女ってなに?

奉仕女とは、プロテスタントの教会が

行う社会救済事業に奉仕する女性で

結婚することなく、一生を活動に

捧げるんだそうです。

戦後の日本には、売春に身を

投じなければならない女性が

数多くいました。

天羽道子さんは、そうした女性達が

支え合って生活する「かにた婦人の村」

設立に参加されています。

そしてご自身が「奉仕女」となり

半世紀以上にわたって、様々な困難を

抱えていた女性たちとともに人生を

生きてこられました。

天羽道子さんが「奉仕女」になられた

きっかけが、あるインタビューで

紹介されていました。

礼拝の説教の中で、同じ敗戦国のドイツの社会の悲惨を救済するのにディアコニッセ(Diakonisse)―日本語では「奉仕女」と訳しておりますけれども、そのディアコニッセの働きが非常に大きかったということのお話を伺って、そのことが私の心に深く入って、ずーっと思い続けてきた何かをしなければならないのではないかといった思いの答えとして、神様がくださったんではないだろうかと。次の週にですね、ディアコニッセというものが本当にどういうものであり、どうしたらなれるのかということなどは、皆目分からないままに、ただキリストの愛を持って社会の悲惨に仕えるというそのことだけで、「私はディアコニッセになりたいです」という申し出を深津先生にさせていただいた。もう直感的というか、求めに対する神様の答えとして受け止めた、ということが言えるかと思います。

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3.「かにた婦人の村」はどこにある?

1965年4月1日に、婦人保護長期

収容施設(現在は婦人保護長期入所施設)

として「かにた婦人の村」がスタート。

これまで、22都道府県からのべ

184名を受け入れてきたそうです。

生活費は国と県の補助金や寄付金

賄われていますが、近年は20~

30代の若い人も迎え入れて

いるんだそうです。

敷地内には、農園、作業場、8つの寮

宿舎、食堂、教会堂、事務所等が

点在しています。

入所者はそれぞれ自発的に編み物、

農耕、園芸、陶芸、製菓など12ある

作業班の好きなところに出て作業を

するんだそうです。

また、農作業、パン工場、編み物や

織物、陶芸、料理、風呂掃除から

切手の整理など自分ができる仕事を

選んで日中を過ごすそうです。

また、敷地には、塀も門もありません

記者たちが訪れたときに、事務所棟は

無人でしかも鍵がかかっておらず

キリスト者の、人々の善意を

信じる姿が体現されているコトに

とても驚いたそうです。

年中イベントが多く、バザーには

地域の人々が訪れ、毎月の遠足では

自然豊かな館山市を散策しておられ

職員と入所者が家族のような関係

生活を共にしているのです。

創始者深津文雄がキリスト者の支援のあり方として提唱した「底点志向」(底辺よりずっと底の点にいる人を上から引き上げるのではなく、降りて行って寄り添う)と、深津が遺した、「この世に生まれてきたからには、要らない人は一人もいない」という言葉に見られる、包摂的な人間観を支援の基本理念としています。
自然豊かな環境とゆったりとした時間の流れの中で、利用者一人一人が、持てる能力をその人なりに発揮し、自分らしく生活できるように支援します。
外注作業ではない、自分たちの「暮らしを作る」日中活動(農園、洗濯、パン作り、手芸、調理)に、自分で選んで参加してもらい、「村づくり」に参加する喜びを感じてもらいます。
利用者自らが創造する生活の中で、利用者が自己肯定感や自尊心を回復し、再び地域生活に挑戦する力をつけることを願って、「寄り添う支援」を提供します。

施設長:五十嵐逸美
売春防止法による婦人保護長期施設、事業開始:1965年4月
入所は全国都道府県の委託による、定員100名、職員19名。
 : 0470-22-2280 /  : 0470-24-1562

引用:https://www.bethesda-dmh.org

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4.「かにた婦人の村」への寄付の方法

かにた婦人の村は、以前から

「人を生かし、物を活かす」ことを

スローガンに衣料品を始めとし

様々な不用品のリサイクル活動

入所者の日中活動として続けて

きておられます。

毎日、30箱以上もの寄付物品が

全国から集まり、地域の人々に向け

構内で開催されるバザーのため

季節や品目ごとに仕訳けたり

値段をつけたり、商品として

ラッピングする作業が必要になり…。

2014年の6月、これらの作業を

障害者総合支援法の就労継続支援

B型事業に移し「かにた作業所エマオ」

婦人の村に隣接して開設。

リサイクル活動を地域の障害者の

方々とシェアすることにより、

村が育んできたお互いを尊重する

文化や精神が、地域に根付き

誰もが安心して暮らせる地域づくりに

つながっていくことを願っておられます。

ネットなどでもほとんど告知されて

いないのに、毎回行く度に山ほど

荷物が全国から届いていて、バザーには

いつも人がいっぱい!だとか…

バザー開催日は、かにた婦人の村の

作業所に貼り出されています。


【送り先】
〒294-0031

千葉県館山市大賀594

かにた後援会

送れるものは基本新品か状態の

良いものが好ましいですが

使い古しの綿のタオルや古着

再利用できるので助かるそうです。

食品以外で普通に送れるものなら

基本何でも大丈夫だと思いますので

断捨離の予定がある方はぜひ!

5.007ミッション報告

天羽道子さんは、1926年に満州(大連)

で生まれ、新京(長春)で高等女学校を

卒業後、単身で東京にでてこられ終戦を

東京で迎える

戦後は家族の生活を支えつつもキリスト教に

出会い、深津文雄牧師の「上富坂教会」に

通い始めたコトがきっかけで「奉仕女」に

奉仕女とは、プロテスタントの教会が

行う社会救済事業に奉仕する女性で

結婚せず、一生を活動に捧げる

「かにた婦人の村」の創設者

深津文雄牧師の後を継いで

長く施設長をなさっていた

天羽道子さんは現在名誉村長

前夜の放送は「石川文洋」さん

石川文洋(戦場カメラマン)経歴や病気と現在の活動は?なぜベトナムやカンボジアへ?

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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コメント

  1. かにた後援会 より:

    主の聖名を賛美します。
    この度は、天羽道子、また、かにた婦人の村を記事にしていただきましてありがとうございます。法人の理念をとても深くご理解していただき、詳しく記事にしていただき感謝申し上げます。
    ただ、一点、大変恐れ多いのですが、訂正していただけたらと思い、ご連絡をさせていただきました。寄附の送り先が「〒294-0032千葉県館山市笠名1267かにた作業所 エマオ」となっておりますが、正しくは「〒294-0031千葉県館山市大賀594 かにた後援会」でございます。訂正していただけましたら幸いです。よろしくお願い申し上げます。

    • 007 より:

      ご指摘恐れ入ります。寄付の送り先訂正いたしました。ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。