原田上さんの経歴やスノーボードを始めた理由と夢とは?聴覚障害者のデフリンピックって何?【ハートネットTV】

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世界最速の男!原田上さんが

【ハートネットTV】に登場。

日本初!ろう者のプロアルペン

選手の経歴とスノーボードを

始めた理由やとは?

3連覇したデフリンピックって何?

聴覚障害者はパラリンピック

出られないってホント?

を調べてみました。

こんにちは、サイト管理人の007です♪

今回注目したのは、この番組…

2019年6月5日(水)20:00~放送

「ハートネットTV」

番組放送内容はコチラ(^^)/

世界最速の男プロの舞台に~聞こえないスノーボーダーの挑戦~

昨年、アルペンスノーボードの世界に、日本で初めてとなる聞こえないプロ選手が誕生しました。ろう者の原田上選手(43)です。聴覚障害者のスポーツの祭典「デフリンピック」で3連覇を成し遂げた原田選手は、今年の冬 聞こえる選手の中に飛び込み、プロツアーに出場するとこになりました。しかしプロの難コースを前に大きな課題が立ちはだかります。聞こえないハンディと向き合い、デビュー戦に挑む原田選手の姿を追いました。

引用:https://tv.yahoo.co.jp/ 

番組の内容から、さぞかし感動的な

放送になりそうな予感がいたしますが

そこはオンエアを要チェックですね!

それでは、007ミッション開始!

原田上さんの経歴やスノーボードを

始めた理由と夢とは?聴覚障害者の

デフリンピックって何?

なにやら、ロシアのデフスポーツ

ファンの間では、原田上さんは

「スノーボードのサムライ」

称えられ、尊敬されているらしく

どんなお方なのか気になりますね~

【目 次】

1.原田上さんの経歴(プロフィール)

2.スノーボードを始めた理由や夢とは?

3.デフリンピックって何?

4.聴覚障害者はパラリンピックに

出られないってホント?

1.原田上さんの経歴(プロフィール)

出典:http://www.oxessjapan.com/

名前:原田 上(はらだ のぼる)

生年月日:1976年3月8日

現年齢:43歳(2019年6月現在)

血液型:O型

身長/体重:167センチ/78キロ

出身地:栃木県

得意種目:アルペン

スポンサー:Oxess Japan/Snow Work Shop

ホームゲレンデ:

尾瀬戸倉、ハンターマウンテン塩原

栃木県ご出身の原田上さんは

幼稚部から高等部まで、ずっと

ろう学校で学んでこられました。

幼い頃から原田上さんが苦手だった

コトは、なんといっても健聴者との

コミュニケーションでした。

いろんな行事で年に1、2度、地域の

小学校と交流があり、その時は筆談

やろうとしても、うまく伝わらずに

とても苦労し、気を遣ったそうです。

何を言いたいか、どういうことなのか

わからないので悩んではみるものの

自分から聞きなおすこともしないで

過ごしていたという原田上さん…。

18歳の時、当時先輩だった友人に

誘われスノーボードを体験します。

すると、その3カ月後には大会に

出場するまでになり、いきなり

3位に入賞するという快挙!

その後、プロの選手が参加する

大会にも挑んだものの、スタートの

合図が聞こえない壁にぶつかります。

大会では、スタートの合図を「音」で

知らせますが、原田上さんは、耳が

聞こえないため、スタートでいつも

出遅れてしまいました。

しかし、自分のハンディを大会の

主催者に伝えようと思ってはみても

気後れして言えなかったそうです。

そんな原田上さんの姿をもどかしく

思っていたのが、難聴の手塚久野さん。

健聴者に自分のハンディを伝える

べきだとアドバイスされました。

その後、原田上さんは、大会の主催者に

配慮を求め、その結果、指でスタートの

合図を出してもらえるコトになりました。

それ以来、聞こえる選手や指導者にも

教えを請い始めるようになったコトで

健聴者との壁が薄くなっていきました。

原田上さんは、聞こえる人との心の壁を

取り払ったことで、アスリートとして

成長したと語っておられました。

最高時速50キロという、猛烈な

スピードでタイムを競うという

“アルペン・スノーボード”

この競技で世界の頂点に登りつめた

聴覚障害者の原田上さんは現在43歳。

趣味は、旅行ツーリングとアウトドア

派なようで、ラーメンが大好きという

なかなか庶民的?なお方でした♪

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2.スノーボードを始めた理由や夢とは?

原田上さんが、スノーボードをはじめた

きっかけについては、フライングで前述

してしまいましたが、先輩に誘われて…

というコトで、特に幼少期からスパルタ

教育で学んでいたというコトでなく

18歳から始めて、ここまで活躍される

とは、すごく努力されたんでしょうね

そんな原田上さんの、夢の1つは

同じハンデをもつ、聴覚障害者に

スノーボードを教えるコトでした。

2017年にこの「ハートネットTV」

出演されたときには、その夢が実現

していました(^^)/

「同じろう者の立場で、手話で指導が

できる私の存在を、みなさんに知って

もらいたいです。スノーボードを楽しむ

ろう者を増やしていくことが私の夢」

初めてスノーボードの教室を開いた

原田上さんの指導は、番組で密着され

競技生活で培ってきた経験を、多くの

聴覚障害者に伝えたいと、奮闘する

取り組みが実際に放送されました。

5日間のスノーボード教室が始まり

参加するのは、最年少は小学2年生

生まれて初めてスノーボードを体験する

社会人を含めて、4人の聴覚障害者さん。

初日から原田上さんは、生徒とゲレンデに

向かい、ゲートという障害物を設置した

コースで指導されていました。

本格的な指導は、このとき初めてだった

原田上さんは、まず自らがお手本を示し

テクニックをつかんでもらおうと考え…

手話で何度も修正点を伝えたり、指導

方法を工夫し、ビデオカメラで生徒さん

たちの滑りをすぐそばで撮影し、一緒に

見るコトで問題点を考え、指導します。

そして、スグに転倒してしまうのが

課題だった生徒さんの滑走の欠点は

リズム感が足りないコトだと気付き…

身振りでリズムを伝え、ダンスを踊る

イメージをして練習してもらいます。

また、原田上さんは、最年少の

女の子に、ある体験をしてもらおう

と考え、競技用の本格的なコースの

滑走をしてもらいました。

女の子は「私もメダルをとりたいな」

と、とても満足げにニッコリ微笑み

参加者はみな、たった5日間ですが

手ごたえをつかんだ様子でした。

原田上さんの得意とする、アルペン

スノーボードとは、ゲートと呼ばれる

障害物を縫って滑り、タイムを競う

激しい競技です。

出典:https://www.jfd.or.jp/

原田上さんがこれまでデフリンピック

獲得したメダルは5個で、その全てが

金メダルという快挙です(^^)/

世界最速のろう者として、世界的に

広く知られている原田上さんですが

当時、もうひとつ目指していた夢は

プロ選手になること!でした。

そのために昨年、1月からプロ選手

たちも出場する大会に、参戦し上位

入賞を目指してきた原田上さん。

なんと昨年、その夢を見事に叶え

アルペンスノーボードの世界に

日本で初めてとなる、聞こえない

プロ選手が誕生しました(^^)/

今回の放送では、その夢を叶えた

原田上さんが、聞こえないハンデと

向き合い、デビュー戦に挑む様子が

放送されるようで、とても楽しみです♪

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3.デフリンピックって何?

オリンピックに比べれば、報道の

ボリュームも、認知度も、格段に

下回るとはいえ、最近はアベック

開催される身体障害者の国際大会

パラリンピックが、ようやく少し

注目されるようになってきましたが

同じくオリンピックの名称が付く

「デフリンピック」という大会は

みなさまご存じでしょうか?

今回、この記事を書くにあたり

007(管理人)は、初めて知った

というお恥ずかしい人間ですが…

デフ=deafは聴覚障害で、つまり

ろう者の方々の、世界規模で行われる

総合スポーツ競技大会だそうです。

夏季大会は1924年にフランス

冬季大会は1949年にオーストリア

始まったそうで、意外にも?歴史の

長い競技大会だったんです。

開催年は、オリンピックと同じで

4年に1度となり、国際ろう者スポーツ

委員会(ICSD、CISS)が主催です。

障害当事者であるろう者自身が運営する

ろう者のための、国際的なスポーツ大会で

参加者が、国際手話によるコミュニ

ケーションで友好を深められるところに

大きな特徴があるんだそうです。

なお、デフリンピックへの参加資格

音声の聞き取りを補助するための

補聴器や、人工内耳の体外パーツ等を

はずした裸耳状態で、聴力損失が55

デシベルを超えている聴覚障害者で

各国の、ろう者スポーツ協会に登録

している者とされています。

また、一度、競技会場に入ったら

練習時間か試合時間かというのに

関係なく、補聴器等を装用する

コトは禁止されているそうです。

その理由は、選手同士が、互いに

耳の聞こえない立場でプレーする

という公平性の観点によるもの

というコトでした。

4.聴覚障害者はパラリンピックに出られないってホント?

1989年、国際パラリンピック委員会

発足した当時は、国際ろう者スポーツ

委員会も加盟していたそうですが…

どうやら、デフリンピックの独創性

追求するためという理由で、1995年に

組織を離れ、独立した組織になりました。

そのため、現在もパラリンピックに

ろう者が参加できないという状況が

続いているんだそうです。

なお、デフリンピックの独創性とは

コミュニケーションの全てが、前述

した通り、国際手話によって行われ

競技は、スタートの音や、審判の声

による合図を視覚的に工夫する以外

オリンピックと同じルールで運営

される点にあるというコト。

また、パラリンピックがリハビリ

テーション重視の考えで始まった

のに対して、デフリンピックは

ろう者仲間での、記録重視の

考えで始まっているからだそうで…

とはいえ、今現在は、両方とも

障害の存在を認めた上で、競技

における「卓越性」を追求する

考えに転換しているそうです。

007(管理人)は、全く知らなくて

今回、この記事を書くにあたり

少し勉強になりました(^^)/

007ミッション報告

昨年、原田上さんは、アルペン

スノーボードの世界で、日本で

初めてとなる、聞こえないプロ

選手になりました!

聴覚障害者のスポーツの祭典

「デフリンピック」で3連覇を

成し遂げた原田上さんの今後の

ご活躍を心から応援しています。

最後までお読みいただきまして

ありがとうございます(^^)/

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