ノンフィクションにプロ女流雀士の
西嶋ゆかりさんが登場!
経歴や絵本も出版?年収は?
家出や事故や看護師にもなり
難聴の過去が波乱万丈!
弾き語りをはじめてから店を
経営するいきさつやライブバーの
場所や評判は?
について調べてみました。
こんにちは、サイト管理人の007です。
今回注目したのは、この番組♪
2018年9月30日(日)14:00~放送
「ザ・ノンフィクション」西嶋ゆかりさん登場!
番組放送内容はコチラ(^^)/
ザ・ノンフィクション 何故 わかってくれないの…
15歳の時に家出…バイク事故…突発性難聴…数々の試練の末、辿り着いたのが「麻雀」だった。だが、母は自分の仕事を許してくれない…。母に認めてほしい…。そんな思いで、ゆかりさんは、あるとんでもないことを計画する。ところが、周りはあまりに冷たかった。果たして彼女の夢は叶うのか?
番組では、2人の女流プロ雀士とその両親の葛藤を描く。
引用:ザ・ノンフィクション
同日放送の「桜川姫子」さんについては→コチラ
今回もコアな放送になりそうな
予感がいたしますが、ともあれ
そこはオンエアを要チェックです!
というコトで、007ミッション開始!
西嶋ゆかり(女流雀士)
経歴や絵本と年収は?
家出や事故や難聴の過去!
経営する店って?
雀士に限らず、やりたいことをやるには
障害や苦悩や迷いもあると思います。
そんな彼女たちの奮闘する姿とは?
いったい、どんな女性なのでしょうか。
【目 次】
1.西嶋ゆかりさんの経歴(プロフィール)
2.西嶋ゆかりさんの家出と事故のてんまつ
3.弾き語りや難聴発症と店を経営するまで
4.西嶋ゆかりさんの店の場所と評判は?
5.西嶋ゆかりさんの絵本と年収は?
1.西嶋ゆかりさんの経歴(プロフィール)
名前:西嶋ゆかり
生年月日:1985年1月3日
現年齢:33歳(2018年9月現在)
出身:群馬県安中市
所属:日本プロ麻雀連盟
子供の頃、親戚が麻雀をするほど身近に
牌があったといい、その牌の綺麗さに惹かれ
15歳で役を覚え、20歳でルールを知った…。
西嶋ゆかりさんは、日本プロ麻雀連盟所属の
女流麻雀プロ雀士で、2017年に開催された
第15期プロクイーンで優勝しました!
プロクイーンとは?
2003年に設立された所属プロ団体を問わない女子プロNo.1を決定するタイトル戦。
予選を繰り返し、上位4名と前年度の優勝者の5名による決定戦を行う。
決定戦は半荘10回を行い上位4名によりさらに2回戦を行う。2位から5位の4名は翌年ベスト16から参戦となる。
現在33歳で群馬県出身の西嶋ゆかりさんは
休職中ながらも看護師国家資格を所持し
飲食店を経営しつつ、音楽活動も行なって
いるという多彩な才能を持つ女性です♪
小さい頃から、家にあるピアノを
弾くことが大好きだったという
西嶋ゆかりさん。
もともと、お母さんが幼い頃にピアノを
習うのが夢だったが、貧しくて言えず
大人になってから買ったというピアノが
家にあったんだとか…。
西嶋ゆかりさんも、少し習ったことも
あったそうですが言われた通りに弾く
ことができず、自由に弾いている方が
好きだったんだそうです。
将来はピアニストになりたいと思って
いた時期もあったそうですが、それは
誰にも言いませんでした。
また、通っていた中学校では成績がよく
高校は地元群馬の国立高専に入ることに
なったという西嶋ゆかりさんでしたが…
実際に入学してみると、勉強に全然ついて
いけず初めての挫折を経験し、夏休みを
迎えると、どうしたらいいかわからなく
なったんだそうです。
段々学校に行きたくなくなってしまった
西嶋ゆかりさんは、ちょうど、バンドを
初めたこともあり、逃げるようにその
楽しさにのめり込んでいきました。
そんな調子だったので、親からは音楽に
対して、反対されていたそうです。
2.西嶋ゆかりさんの家出と事故のてんまつ
両親に反対されても音楽がしたかった
西嶋ゆかりさんは、高校を辞めて家出を
することに決めたんだとか…。
本当に当ても無く家を出て、他の人にも
迷惑をかけないため、知人の家に泊めて
もらうことなく、15歳にしてなんと
路上生活を始めました。
まずは人に迷惑をかけないために自立
しなくてはと思い、クラブシンガーの
仕事を見つけ、保証人無しで賃貸の契約が
できる20歳まで、これでなんとか生きて
いこうと考えたというのでスゴイですよね~。
ところが、西嶋ゆかりさんは、ある日
仕事で乗った新幹線で倒れてしまい
新潟の病院に入院することに!
そこで親に場所がばれてしまい
西嶋ゆかりさんは、そのまま実家に
戻り、家出生活は終わりを迎えました。
実家に戻ってからはフリーター生活で
何も考えず、バイトに通う日々だったとか…。
そんなある時、西嶋ゆかりさんはバイトの
帰りに原付に乗っていて、トラックと衝突
する事故を起こしてしまいます。
お医者さんから「生きていることが奇跡だ」
と言われ、脚を中心に全治一年半の大怪我で
このままでは歩けないかもしれないと
いう不安でいっぱいだったそうです。
また、大怪我を負ったことでどこか性格も
卑屈になってしまい、比較的軽めの患者や
看護師さんのことも嫌いだったとか…。
西嶋ゆかりさんは、とにかくリハビリも
できずに、ただ何度も繰り返す手術を
待つだけの辛い日々を過ごされました。
それでも、治る見込みが見えはじめてから
少しずつ考え方も変わり、それまでとは
打って変わって、入院生活が楽しくなり…。
同時に、もし普通の生活に戻ることが
奇跡的であるのなら、なにかその意味が
あるようなことをしたい、と考えます。
「あの経験があったから〇〇をしている」
そんな風に考えてたどり着いたのが
看護師になることだった西嶋ゆかりさん。
同じような患者たちの気持ちは分かるし
人のために生きてみたいという感覚が
あったというコトで、退院後、大検を
とり看護の専門学校に通われました。
思っただけでなく、実現してしまう
という行動力と、もともと頭が良く
秀才だったのでしょうね~
3.弾き語りや難聴発症と店を経営するまで
西嶋ゆかりさん、とにかく看護学校に
入ってから順調とおもいきや、勉強に
追いつくのが大変だったそうです。
事故の後遺症で2回も入院し、留年も
2回することになったんだとか…。
また、友人と話をしていてたまたま
言われた「またいつかピアノ聴かせてね」
という言葉を受けて、音楽をもう一度
始めようと思ったんだそうです。
それから、自分1人でやるにはどんな
スタイルが良いか考えて、ピアノで
弾き語りをしてみた西嶋ゆかりさん。
15歳から弾いていなかったピアノを
23歳にしてもう一度始めました。
西嶋ゆかりさんは、どんな風に演奏
すればいいのか参考にするために
色々なお店を回ることにしました。
そんな中、現役のプロの方が演奏する
お店に入ってみたことがあり、突然
「なんかやってみて?」と言わます。
西嶋ゆかりさんは、試されているのかな
と思い弾いてみると、オーナーに気に
入ってもらい勝手に師匠だと思うように
なっていきました。
その後、なんとか学生生活を終えて
実際看護師になると、仕事はすごく
楽しくやりがいもあったんだとか…。
患者さんとのやり取りの中で、自分を
受け入れてもらえたと感じられた時は
本当に嬉しかったと話しています。
職場の雰囲気も良く、週末は音楽や
昔から好きだったという麻雀をして
過ごしており、充実した日々でした。
西嶋ゆかりさんは、麻雀に関しては
知り合いに誘われて受けたというコトで
プロテストにも合格し見事プロ雀士に!
そころが、そんな生活をしていた
ある時、急に音が聞こえなくなり
診察を受けると、突発性難聴に!
西嶋ゆかりさんは、すぐ入院となり
結局2週間入院することになりました。
病院で「これ以上良くなることはない」
と言われ「もう歌は無理かもな」と
不安な気持ちでいっぱいでしたが…。
その後、ある時から段々左耳だけ回復
してきて、補聴器を使い始めてからは
音楽もできるくらいになりました。
ただ、入院で休んでいたこともあり
看護師の仕事は辞めることになり…。
そんな時「師匠」が新しいお店をタイで
開くことになり、西嶋ゆかりさんが
ずっと通っていたお店について
「この店をやってみないか?」と言われ…
最初は正直、師匠が偉大すぎるし、耳も
治っていないので無理だと考えたそうです。
それでも、しばらく考えてみると、その
お店が無くなってしまうのも、師匠との
つながりが無くなるのも嫌だと気づき!
「やります!」と答えたんだとか…。
西嶋ゆかりさん、それからは独学だった
ピアノをもう一度学び直し、LIVE BARの
2代目として、店に立つことになりました。
4.西嶋ゆかりさんの店の場所と評判は?
西嶋ゆかりさんは、現在LIVE BARの
2代目として自ら弾きがたりをしたり
お客さんの伴奏をしたりしてお店を
運営しながら…
麻雀ではプロになって2年が経ち
様々な公式戦やオンライン麻雀にも
積極的に参加されています。
また、最近は、お店を利用して、地元の
ミュージシャンのイベント等を積極的に
開催しているようです。
中でも、オペラ歌手の方のイベントがあり
その中で伴奏を務める機会にも恵まれて
いるんだそうです。
西嶋ゆかりさんの小さい頃の夢が叶った
ような気持ちで、子どもの頃の自分に
見せてあげたいなと思うんだそうです。
そんなイベント等を通して、このお店では
音楽を通じて人と人の縁をつなぐことを
していきたいという気持ちがあると言い…。
西嶋ゆかりさんは、こんな風に語っています
色々な経験をしてきた人生ですが、人の縁(ゆかり)に本当に感謝しているんです。「ゆかり」という名前を付けてくれた親にもすごく感謝しています。
だからこそ、今度はこのお店を通じて、人の縁をつなぐことができればと思います。最終的には3代目の発掘もできたらと思いますね。
さて、そんなお店はどこにあるか?
店名:BAMSE(バムセ)
〒370-0815
群馬県高崎市柳川町9−8 地下1階 デンケンビル
電話:027-388-8049
営業時間: 20時00分~2時00分
BAMSEお店の常連さんたちと年に一度の
BBQをされている動画がYouTubeに投稿
されていましたのでご紹介します(^^)/
とっても仲睦まじく、みなさんがお店を
通してすごくいいご縁でつながっている
コトが映像からにじみ出て伝わります♪
5.西嶋ゆかりさんの絵本と年収は?
西嶋ゆかりさんの夢の一つである
「絵本を出版するコト」については
昨年に叶えられていました!
これは彼女が亡き友のために描いた
絵本だというコトでしたが、その当時
こんな風に言っておられました
「絵本を描くのも子供の頃からの夢だったし、夢がたくさんあるの。経営者としても力をつけたい。これはいつか健康麻雀店を作るためにも繋がるんだけどね。あとは来年また絵本を出したい。」
さて、こちらは、まだまだ絵本で
本格的に稼ぐといったスタンスでは
ないようですが、その年収はいかほど?
第15期プロクイーンに輝いた
プロ雀士としての西嶋ゆかりさん。
プロクイーンの獲得賞金については
1位の獲得賞金は500万円
2位は200万円の賞金だそうです。
年間で1回優勝して、他麻雀賞金を
合わせたとして1,000万円
優勝がないと、麻雀の獲得賞金は
400万円くらいでおさまりそうです。
ライブバーの収入については、1日の
営業が4時間ですので、どうでしょう?
週末にはお客様も多いと思いますが
だいたい、個人で経営されている
飲食店の経営者の平均年収はというと
560万円~627万円とのことでして…。
業態により、以下の平均年収が判明!
居酒屋:300万円~2700万円
レストラン経営:400万~600万円
バー経営:200万円~300万円
定食屋経営:240万円~300万円
麻雀の優勝が1年に1回あったとして
ライブバー経営の収入と合わせると
1200~1300万円
その年の獲得賞金によって、700万円
くらいの年収にはなるんではないかと
予想します(^^)/
同日放送の「桜川姫子」さんについては↓コチラ
007ミッション報告
西嶋ゆかりさんは、15歳で家出をしたり
事故で大きな怪我をしたが、無事回復し
奇跡的に命を助けて頂いたコトで看護師に!
小さい頃から音楽が好きで、ある出会いから
LIVE BARの2代目として経営も任され
女流プロ雀士としても活躍する多才な女性
これからも、今回の番組をきっかけに
ご自身の夢も実現され、多方面にご活躍
されることと期待できますね♪
最後までお読みいただきまして
ありがとうございます(^^)/